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「無責任」が嫌いな理由

2009.07.30
変なタイトルである。

「無責任」が嫌いな理由。

「無責任」が好きな人間がいるのか、と独りつっこみを入れたくなる。

それは、さておき・・・。


昨夜のことである。

眠りに入る瞬間に、なぜ私がこれほど「無責任」な態度に腹を立てるのか、その理由がはっきりと解った。

中学生のとき、そして運送会社にいたときに周囲に迎合していた自分自身が「無責任」だったからである(詳しいことは「付和雷同」シリーズを参照)。

きっと、私の潜在意識にそのときの記憶が刻まれているのだろう。

そして、かつての自分と重なる人物を出会うと「嫌悪感」となって反応するのだ。


一言で「無責任」と言っても私の身に降りかかる実害がなければ、何も目くじらを立てるようなことではない。

なのに反射的に腹が立つことに私自身、すごく不思議だった。


同じアプローチをしてみる。

例えば、私が社長のどこが嫌いかを手帳から書き出してみる。

・主体性がなく責任転嫁する。

・人のアイディアを平気で盗む。

・会話のあげ足を取る。

・都合の悪いことは、知らないフリをする。

・明らかに立場が弱いものに対してのみ、態度が大きい。

など、さらにまとめとして「ガキ大将」のような人間と書いてある。


他人のことだから言いたい放題になるのは当然である。

また、社長以外にも同じような性質を持った人も同列で手帳に書いてある。




そして、恐ろしいことに気がついた。

過去の自分の姿に「無責任」を見たように、この社長に対する「嫌悪感」についても自分と重なるところがあるのではないか、ということである。


そして、恐れていたことが・・・。

つい先日、職場の同僚でもある妻に注意された。

「怒ったときの物言いが社長と同じ」

ガーーーーーーーーーン


恐ろしいことである。

真夏の会談など比べ物にならないくらい「ぞっとする」話である。


態度を改める必要がある。

習慣も同様である。

このようなとき、避けなければならない事(今回は社長に似ている自分)に注力するとかえって逆効果になる。

「嫌だ」「嫌だ」と思っていると、本当にそのようになると一緒。

人間は日頃から考えているような人間になる、らしい。

この考え方を支持している私としては、このような恐ろしい事態という事実を受け入れることは必要だが、「社長みたいになりたくない」という感情に注目してはいけないのである。

ここでイメージするのは、本来の自分の姿である。

「質実剛健」「明朗快活」

これは昔から私という人間を表すのに使われてきた表現である。

爽やかで明るい真面目な男。

このイメージで社長の毒を追い出そう。


続く

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テーマ : 社長のブログ
ジャンル : ビジネス

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