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付和雷同

2009.07.14
これまでは社長のことばかりを話してきたので、私の話をしてみたい。

背景から浮かび上がった輪郭の中身をいよいよ描いていこうということである。


タイトルに使った「付和雷同」という言葉。
(意味=一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。)

これは常に自分が陥らないように意識していることである。


なぜか?

過去に二度、失敗しているからである。
失敗というのは言いすぎかもしれない。今、思い返せば良い勉強であったことには間違いない。

最初は中学校時代。

二度目は、別の会社勤め時代。

いずれも周囲の人間に振り回される結果になった。

中学校時代は、まだ自力で立ち向かい状況を打開できたし、三年間という時間の制約(卒業)があったので、良かった。

しばらくは暗黒時代として思い出すのも嫌な時期もあったけれど、改めて思い出してみると自分自身の教訓が見て取れる。

私の中学時代は「校内暴力」という言い方が新聞紙上をにぎわした時代の真ん中にいた。


やんちゃな連中が幅を利かせ、先生は殴られ、授業は出来ない。

校舎が放火され燃えたし、教室で女の子がレイプされたこともあった。


そんな中で毎日何も考えずに好き勝手しているとどうなるか。

「馬鹿」になるのである。

そのことに気がついたのは、高校受験を意識する時期になってからである。

仲が良かった友達は、授業がなくてもきちんと勉強していたにも関わらず。
(その後、この友達は地元の進学校に進み、東京のK大へ入学しました)


もし、過去に戻り、中学時代の自分に忠告するとしたら、「しっかり勉強しろ」と言いたい。

自分が何かしたいと思ったところで、まず、やり遂げるだけの基礎がなければ何もできないのである。

いくら「プロ野球選手」になりたいと思っても、まず野球の練習をして、試合に出なければ可能性すら生まれない。


「付和雷同」「日和見主義」

何の考えもなく、何か行動を起こすのでもなく、ただ、居心地のいい環境に身をゆだねていると取り返しのつかないことになると本能的に感じたのが中学三年生のときだった。

しかし、これは今だからこそ言えることである。

当時の私のそんな自覚があったなら、同じ過ちは繰り返さなかったからである。

続く



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