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気持ちの変化

2009.07.31
今日のお昼はショッピングセンターで食べた。

夏休みだからだろうか、子供連れのお母さんが多い。

子供の頃からなじみのあるラーメン屋だが、改めてどんな人が食べに来てるのか観察していた。

これから私は自分のビジネスを世の中に提供する。

子供連れのお母さん、孫を連れているおばあさん。独りで食事をしているおじいさん。

昼休みに食事に来た会社員。

どんな人が私を必要としてくれるだろうか。


そんなことをぼんやりと考えていた。



今、お客様になってくれると言ってくださる人がいる。

私の叔母がやっている喫茶店のおなじみ客の方である。

私はその人の期待に応える義務がある。

私を必要としてくれる人のために何ができるのか。


偶然、ラーメン屋に居合わせた人たちには、「私が何者か」なんてことは全く興味がない。

私が特定の誰かのためになる人間であることが知られたとき、初めて興味をもってもらえるのだ。

隣り合わせた見知らぬ人に対して、「この人の役に立ちたい」と思っていると今まで見慣れた空間もなんだか新鮮に見えた。


毎日、小さなことでも私が関わるすべての人たちの役に立てる人物になろう。


続く


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テーマ : 社長ブログ
ジャンル : ビジネス

「無責任」が嫌いな理由

2009.07.30
変なタイトルである。

「無責任」が嫌いな理由。

「無責任」が好きな人間がいるのか、と独りつっこみを入れたくなる。

それは、さておき・・・。


昨夜のことである。

眠りに入る瞬間に、なぜ私がこれほど「無責任」な態度に腹を立てるのか、その理由がはっきりと解った。

中学生のとき、そして運送会社にいたときに周囲に迎合していた自分自身が「無責任」だったからである(詳しいことは「付和雷同」シリーズを参照)。

きっと、私の潜在意識にそのときの記憶が刻まれているのだろう。

そして、かつての自分と重なる人物を出会うと「嫌悪感」となって反応するのだ。


一言で「無責任」と言っても私の身に降りかかる実害がなければ、何も目くじらを立てるようなことではない。

なのに反射的に腹が立つことに私自身、すごく不思議だった。


同じアプローチをしてみる。

例えば、私が社長のどこが嫌いかを手帳から書き出してみる。

・主体性がなく責任転嫁する。

・人のアイディアを平気で盗む。

・会話のあげ足を取る。

・都合の悪いことは、知らないフリをする。

・明らかに立場が弱いものに対してのみ、態度が大きい。

など、さらにまとめとして「ガキ大将」のような人間と書いてある。


他人のことだから言いたい放題になるのは当然である。

また、社長以外にも同じような性質を持った人も同列で手帳に書いてある。




そして、恐ろしいことに気がついた。

過去の自分の姿に「無責任」を見たように、この社長に対する「嫌悪感」についても自分と重なるところがあるのではないか、ということである。


そして、恐れていたことが・・・。

つい先日、職場の同僚でもある妻に注意された。

「怒ったときの物言いが社長と同じ」

ガーーーーーーーーーン


恐ろしいことである。

真夏の会談など比べ物にならないくらい「ぞっとする」話である。


態度を改める必要がある。

習慣も同様である。

このようなとき、避けなければならない事(今回は社長に似ている自分)に注力するとかえって逆効果になる。

「嫌だ」「嫌だ」と思っていると、本当にそのようになると一緒。

人間は日頃から考えているような人間になる、らしい。

この考え方を支持している私としては、このような恐ろしい事態という事実を受け入れることは必要だが、「社長みたいになりたくない」という感情に注目してはいけないのである。

ここでイメージするのは、本来の自分の姿である。

「質実剛健」「明朗快活」

これは昔から私という人間を表すのに使われてきた表現である。

爽やかで明るい真面目な男。

このイメージで社長の毒を追い出そう。


続く

テーマ : 社長のブログ
ジャンル : ビジネス

絶対に付き合いたくない客

2009.07.29
私がこれからビジネスを展開するにあたって「絶対に付き合いたくない客」というタイトルで手帳にメモをしている。

神田昌典氏の著書「60分間ダントツ化プロジェクト」に書かれていたことを実践しているのだ。

職業柄、これまで様々な人と会ってきた。

中には思い出すだけで、腹が立つ人もいた。

なので、箇条書きで書き出すとすぐに手帳が埋まるのだろうと思っていた。

ところが・・・



実際にやってみて、二つの誤算があった。

ひとつめは、「意外に書けない」ということ。

誰のどこが嫌なのか、ということを具体的に書き出すと意外にないことに気づく。

本当に意外とない。

私は短気なので腹の立つことなんて、日常茶飯事だが、絶対に付き合いたくないかと改めて考えるとそんなことはないのである。

些細なことで、そんな極端なことはできない、という私自身の気持ちが意外だった。


ふたつめは「自分と重なる」ということ。

思ったことを箇条書きにするだけのことなのだが、具体的に書いていると自分もそんなところがあると気づくのである。

これは、私が社長との関わり中で腹の立つことを書き出すことで自分を見つめなおすことと結果として同じ効果がある。

腹の立つ点は自分との共通点である、ということは心理学上よく言われることではある。

話として聴いているだけならいいが、実際に自分の手で書き出すとなると相当の抵抗感を感じるのだ。

興味をある人は、ぜひ実践してみることをお奨めする。




いままで書き出してみて、どうも私は「無責任」な態度に腹が立つようである。

知らず知らずのうちに何か無責任な態度を取っているのかもしれない。

「人の振り見て我が振りなおせ」

という言葉の本当の意味が良く解った。

まずは、私自身が今、ビジネスをしている人たちから「絶対に付き合いたくない奴」と思われないようにすることが先決である。

精進しよう。


続く




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ジャンル : ビジネス

道徳の授業

2009.07.28
小学校のとき道徳の時間がすごく好きだった。

テストがないのと、テレビを観る時間があったのが、その理由だった。

授業の内容はほとんど記憶にないが、唯一覚えている話をしてみたいと思う。



ある日の午後、とある電車内での出来事である。

サラリーマンが座席に座っていた。

近くには、お年寄りが立っていた。

サラリーマンは、自分が降りる駅に到着したので席を立った。

扉が開き、若者がサラリーマンが座っていた座席に座ろうとしたとき、サラリーマンが叫んだ。

「その席は、そこのお年寄りに譲ってやれ」

若者が驚き、振り向いたときに電車の扉は閉まり、ゆっくりと駅を出た。

仕事を終えたサラリーマンは会社に戻り、同僚に得意げにその時の出来事を話した。

同僚は、その行動の浅はかさに苦笑いを浮かべるのだった。


この話の論点は、サラリーマンの行動にある。

サラリーマンは良い事をしたと思っているが、実は違う。

サラリーマンは駅の到着した時点で降りるお客であり、座席についてとやかく言う立場にない。

空いた席に誰が座ろうが、サラリーマンの知ったことではない。

自らの責任が伴わないところで、他人の行動を単に批判するだけの行動は、道徳に反する、ということである。



なぜ、この話を思い出したのだろうか。

私がこのサラリーマンと同じ境遇だからだろう。

私はもうすぐ職場を去る。

勤務先は、後任を決める。

私には後任が誰になろうが、とやかく言う立場にない。

職場の決定に口を出すということは、道徳に反する行為である。

厳に慎もう。

自らを戒める話でした。



続く

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ブラスバンドクラブ

2009.07.27
私が通っていた小学校は、五年生からクラブ活動がある。

基本的にはクラブ活動は自分が好きなクラブに入るのだが、唯一入部試験があるクラブがあった。

それが「ブラスバンドクラブ」である。

小学四年生の秋に試験があり、皆より先に所属クラブが決まるのだ。

なんだか特別な感じがするクラブの入部試験を面白半分で受けたら、受かってしまった。


みんなと違う環境であることが少しうれしかったのだが、五年生からソフトボールクラブかサッカークラブに入る目論見はここで消えた。



試験を担当した音楽の先生によると私はリズム感がいいらしい。

肺活量もあったので、担当する楽器は「トロンボーン」に決まった。

なかなか見栄えのする楽器だが、担当するパートは地味だった。


トランペットが憧れだった。

ステージでは最前列に陣取り、演奏では見せ場のパートを力強く演奏する。

目立ちたい小学生には、もってこいのポジションである。




いまさらなのだが、もっと一生懸命に練習をしていればと後悔している。

東京スカパラダイスオーケストラを見たとき、ことさら強く思った。

むちゃくちゃ格好良い。

トロンボーンでこんな格好良く演奏できるのだということを知った。

何か楽器を演奏できるということは、すごい特技である。

小学生のころに東京スカパラダイスオーケストラを観ていれば、何か変わったかもしれない。

しかし、小学生には小学生なりの嫌いになる「理由」があった。

五年生の学習発表会で演劇をやりたかったのに、「ブラスバンドクラブ」だからという理由で先生が勝手に「合唱」にしたり、六年生では念願の演劇に決まったが「ブラスバンドクラブ」だからという理由でファンファーレを吹く衛兵役に決まったりで、「ブラスバンドクラブ」の一員であることが裏目に出たことで嫌気が差していたので、辞めたくてしょうがなかったのである。



「目の前のことに全力を尽くす。」

小学生にこんなことを言っても無理があるが、もしタイムマシンがあれば小学生の自分にはきちんと言ってやりたい。


このあと中学生になったときの付和雷同の原因はこんなことの積み重ねのような気がするのだ。

自分がやりたい事と、自分がやるべき事とは違う。

社会に関わりあっている以上、自分に求められること、自分がやるべき事をまずきちんとやることがすべての基本なのだと思う。

ビジネスも求められるからこそ私の「価値」が上がるのだ。

私のビジネスの話をすると必ず話題に上がるのが「儲かるの?」という質問である。

こんなこと言う人に私から逆に質問したい。

あなたは「儲かる」と解ってから仕事をするのか?


自分が必要をされて、その価値が高まれば必然と「収入」という結果に結びつくと私は信じている。

「儲かるの?」と聞かれる度に、自信が深まる。

他人が考える、儲かると解ってから行動するってことは、結果を出した誰かの真似をするってことでしょ。

どうぞ、私の真似をしてください。


続く




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マラソン大会

2009.07.26
小学校四年生のときに「マラソン大会」に出場したことがある。

父親が勤めていた会社には年に一度「ファミリー祭」という社員と家族が参加する運動会があった。

毎年、私を含む我が家の三兄弟は父親に連れて行ってもらっていた。

このとき上の二人の兄は中学生。

大人と一緒にマラソン大会に出場するという。

兄が出るとなれば、何でも一緒にやりたくて、ついて行くのが末っ子である。

社員の人たちが参加するマラソン大会に無謀にも小学生が挑んだのである。

コースは、ファミリー祭が開催された工場を周回する道路で約5キロ。

大人に囲まれ、何も考えずにレースはスタートした。

スタートした時点から私はどん尻。

運動場のトラックの周回をして、いよいよコースは会社の正門を出て周回道路の移った。

私は、どんどんランナーの背中が小さくなっていくのを見ていた。

ガソリンスタンドの横を通り、会社の東門を過ぎることには、ランナーの姿すら見えなかった。

そんな時、後ろにランナーが居るのに気が付いた。

年配のおじさんだった。

すごく親しげに話しかけられ、一緒に走ることになった。

父のこと、学校のことなど話をしていた。


裏の梨畑の横目に見ながら、いつしか西門を過ぎ、周回道路のコースも終わりに近づいていた。

おじさんとの話に夢中でいつのまにか正門まで走ってきていたのだ。

運動場の正面ゲートをくぐると「ただいま、マラソン大会の最終走者が戻ってきました」と場内アナウンスが流れ、私に向けて大歓声が起こった。

ゴールに向けてトラックを走っていると、観客席から満面の笑みを浮かべた父が飛び出してきた。

私のためにだけに張られたゴールテープを切った。

気が付くと、一緒に走っていたおじさんは消えていた。


少しして、会社から帰ってきた父が牛革のトレイを持って帰ってきた。

そして「お前と一緒に走ってくれたおじさんいただろう。あの人、部長さんでこれは頑張ったプレゼントだ」と言った。

せっかくもらって牛革のトレイ。

いまならその価値が解るので大事に使うが、小学四年生は、鉛筆入れに使うしか思いつかなかった。



このときのマラソン大会は、私の人生の原点かもしれない。

誰もが無謀だというようなことに挑戦してみる。

目標に向かう速度は遅いが、必ず到着する。

すごく自分らしいと思う。

周りで見ていると何を考えているのか解らないらしいく、見ていてイライラするらしいが。


人生を生きていく中で無駄なものなど何もないと思う。

しばらく忘れていた楽しい思い出である。


続く


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ジャンル : ビジネス

幸せですか

2009.07.24
「10Years」。

渡辺美里の歌である。

シングルカットされず、アルバムに収められている作品であるが、なぜか私はこの歌が好きである。

「あれから10年も~これから10年も~」と過去を振り合えるとつい口ずさむ。


社会人になって、大学で勉強しながら貯めた預金はすべてなくなり、「借金」が残った。

クレジットカードが使用停止になり、社会的信用も失った。

髪の毛は、ほとんどが白髪になってしまった。
(今も普段は染めている)

荒んだ生活はかもし出す雰囲気で伝わるのだろう。友達との縁も切れた。
(この当時、久しぶりに会った友達に「会ってがっかりした」と言われた時はショックだった)

実家に出戻ったことで、「サラ金」の取立てが実家に及び父親にはものすごく迷惑をかけた。


しかし私が抱えていたものすべてが無くなったときに、残っていたのもは「家族」という最高の宝物だった。

きっと、こんな出来事がなければ死ぬまで気づかなかったと思う。

以前の私は、「○○すれば幸せになれる」「幸せになるためには○○が必要だ」と思っていたのだろう。

で例えば、私は大学を卒業した。

私は満足したが、世間には掃いて捨てるほどいる一大卒の学歴を持つ人に過ぎない。

その程度では、世間が私を認めないのは、当り前である。

では「世間が悪いのか」

違う。世間は公平に判断しているだけ。

この程度で認められて当然という「考え方」が間違っているのである。

ではどうすれば良いか。

私のできることは「世間の評価を聴き、受け入れる」ことだった。


そうすることで、今までの考え方が「逆」だということに気がついた。

「今でも充分に幸せである」

「私はすごく恵まれている」

という発想でないと「チャンス」に気づかないのである。

目の前の出来事をどう解釈するのか、どう認識するのか、は本人の思考次第である。

出来事そのものに「良い」も「悪い」もない。

そう思う感情を作り出しているのは「私」である。

なので同じ仕事でも「意欲的に取り組む人」と「嫌々やる人」に分かれるのである。

結果、成果を出すのは「意欲的に取り組む人」である。



私が恵まれていたのは、すべてが無くなったため、変な「しがらみ」もなく出直すことが出来た点である。

私には、私を信じてくれる「家族」がいる。

これを「幸せ」を言わず何といえよう。


社長と色々とあったことは、すでにお話したとおり。

振り返れば、退職届を机の引き出しに入れ、いつでも辞める覚悟で過ごしたこの10年である。


これからの人生に役立つ貴重な勉強をさせてもらったことは事実である。

この職場で過ごすのも、残り三ヶ月をきった。

「恵まれていたこと」

「幸せなこと」

そんなことを確認する日々にしていこう。


続く




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本当の悩み

2009.07.23
一昨日の夜、仕事の帰りに本屋に立ち寄ったときに携帯電話が鳴った。

草野球のチームメイトからだった。
(チームメイトと言っても、相手は13歳も年下)

「相談したいことがある」とのこと。

帰宅してから改めて電話で用件を聞いたら「保険の勧誘を受けおり、どうしたらいいのか解らない」というのだ。

詳しい事情は会って話をきいたほうがいいので、早速昨日の夜、食事をしながら話を聞いた。


相談をしてきた彼は29歳。

仲が良い友達もどんどん結婚をしており、本人も良い人が居れば身を固めたいとのこと。

仕事のこと、将来のことなど漠然と不安を抱えているのである。


私は職業柄、時給一万円で相談業務をしている。

今回はチームメイトなので報酬をいただくことはしないが、せっかく頼ってきたきれた気持ちには精一杯応えたいと張り切って準備をした。

電話で話をしているときにも感じていたが、彼は将来に向けてどんな保険に入ろうかという悩みを抱えているのではない。

保険の勧誘をしてきた人が、同じチームメイトの奥さんのお兄さんなので、どうやって断ったらいいのか悩んでいたのである。

(断ると今まで仲良くしてきた人と気まずくなるのではないか。)

そんな心配をしているのである。

勧められた保険が、ドル建ての保険で毎月4万円以上の負担が必要となるものだったが、金額の大小やリスクに対する認識の相違というレベルの話ではない。

彼は、どんな保険が相応しいかに悩んでいない。

本人も内心は断りたいのである。

だから、私に相談をしたのだろうと思う。

なんでもすでに仮契約の書類を書いており、明日「健康診断」を受けると言うではないか。

彼の優柔不断さが原因なのは明白だが、「兄貴」と慕うチームメイトの奥さんのお兄さんに勧められたことが決断を鈍らせ、状況を悪化させている。

目の前で断りの電話を入れさせようとしたが、時間が遅かったのでとりあえず止めた。

彼は「とりあえず健康診断を受けて、それから断ります」と言った。

「先延ばしは、状況を悪くし、決断を鈍らせるだけだ」と答えた。

食事をした店を出て、車の中で携帯にチームメイトの奥さんから「兄の保険に入ってくれてありがとう」というメールが来たと見せてくれた。

益々状況は悪い。

私は、別れ際に「勇気を持って断れ」とアドバイスした。

今日、彼はきちんと断りの連絡をしただろうか。



直感で「嫌な予感」がすることが往々にしてある。

「虫の知らせ」と言い換えても言いの思うが、こんなときは直感に従ったほうが得策だと思う。

失敗をするパターンは、この「虫の知らせ」を無視して、自分の欲しい結果になるように都合の良いことをかき集めて自己を正当化することである。

こんなことをしても失敗したときの言い訳に苦労しないだけ。

自分は意識していないが、潜在的な記憶が注意を促している状態が、「嫌な予感」「虫の知らせ」を感じる瞬間である。

失敗をしないためには「自分を信じる」ことが大切である。


続く


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「お金の味」

2009.07.22
「お金の味」とは、金森重樹氏の著書である。

金森氏の実体験を綴った内容であり、借金を巡る壮絶な話である。

元々金森氏のメルマガに書かれていた話が書籍となり発売された。

メルマガと時にも読んでいたが、本を購入し改めて読んだとき、自分の姿と重なった。

同じ借金に追われる話であるが、二点大きな違いがある。

まず、借金の金額。

金森氏は一億を超える金額だったが、私は五百万を超えるぐらいだった。

もうひとつは、騙されたにしろ金森氏は自分の意思が介在している。

私は元々の借金に一切関与していない。



何で自分のこんな過去を晒すのか。

これからの人生を生きるために自分を見つめ直し、自分としっかり向き合いたいということもあるが、どうしても「借金」との縁を断ち切りたいのである。

「借金」といっても私が抱えている訳ではない。

私は今の職場に戻ってきたときに、「何としても収益貢献をする」と意気込んでいた。

この決意に基づき、これまでの職場になかった方法で収益を上げてきた。

保険代理店登録をし、保険契約を取ったり、コンサルティングの提案で契約を取り、業務に取り組んだ。

曲がりなりにも誰よりも実績を上げてきたつもりだが、この会社には私より給料の高い奴がいる。

それでも会社の資金繰りが苦しいというので、給料を上げてほしいと一度も言っていない。

私の貢献は取るに足らないものかもしれないが、収益を上げ、給料を我慢することで実行してきた。

少なくとも、日常業務だけでしかやっていない奴には負けていない。



今年の入って、ふと冷静に状況を見ている自分がいた。

そしてこの図式、「いつか来た道」だということに気がついた。


何度も言うが、私は会社の借金の介在していない。
(特に諸悪の根源となっている自社ビルの借金)

社長は、資金繰りが苦しいのは自社ビルの借金があるからではないと何年も前からインチキ計算書を社員他社外取締役にも見せている。

とにかく社長は「俺様がやっていることは正しいのに俺の言うとおり動かない馬鹿な社員がいるから上手くいかない」ということ言い続けている。

テナントの家賃収入だけでビルの借金が返せるならば、事業なんか辞めて不動産業に専念すればいいのだ。

そんな誰でも解ることが実行できないのは、社長の言っていることが「嘘」ということである。


私は、いつまでこいつの借金を返さないといけないのだろうか。



私が最近良く考えているのは、何か自分の思考や習慣に問題があって、元妻や社長のように「借金」を返済するために自分を利用する人間を引き寄せているのはないか、ということである。


習慣を変え、環境も変える。

だから退職し、プランナーズを立ち上げるのだ。

人間は、他人を変えることはで出来ない。

嫌な人間とは関わり合わないこと。これは真理だと思う。



かつての私と今の私との一番大きな違いは、私には頼りになる「妻」がいることである。

私が独善的になるところを戒めてくれるので、すごく助かる。


この「借金」にまつわる話もこれからのプランナーズサクセスストーリーが完成するプロセスのひとつに過ぎない。




続く



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代償

2009.07.21
「離婚」は結婚の三倍のエネルギーが必要である。

巷では、こんなことがまことしやかに言われている。

実際はどうか。


私の場合、わが身に起こったことが自分の許容範囲を超えていたためか、何をしてきたのか記憶がない。

こんなことを言っても信じてもらえないだろうが、当時のことを思い出そうとしてもほとんど記憶がないのは、事実である。

何が起きたのか。

当時の妻は「サラ金」多額の借金を抱えていた。

なぜ、借金があったのか本当のことは解らない。

私には、実父の事業資金を手当てするために必要だったと言っていた。(実父と養父がいる少し複雑な家庭に育ったため)だから実家には内緒にしておいて欲しいと言われた。

結婚当初、この「サラ金」の借金を、私の持っていた預金で精算したはずだった。

しばらくすると不審な電話が家に入るようになる。

「サラ金」の取立てである。

当然、生活費が足りなくなるので気がついたときには、貯蓄預金と生命保険の積立配当金が生活費に消えていた。

私が「サラ金」の借金を肩代わりしたのは、元妻が「毎日きちんと働いて私に絶対に返す」と断言したからである。

「サラ金」の取立てが厳しくなり、預金がなくなった私は銀行のカードローンで立て替えた。

預けてあったクレジットカードも借入(キャッシング」で頻繁に使われ、滞納を繰り返されたため、カード会社から退会処分を受けた。


この当時の私は、「自分がしっかりしていれば物事は何とかできる」と本気で信じていた。

だから「サラ金」の借金も完済できるし、元妻も真面目に働いてくれるものと考えていた。

しかし、このとき確実に進んでいたのは、私自身の社会的信用の崩壊である。


一生懸命に働くと必然的に家に居る時間が短くなる。

そうするとどうなるか。家の中が汚くなるのである。

お金にだらしない人間は、すべがだらしない。

恐らく、これは真理だと思う。


ベランダの生ごみに蛆虫がわいており片付けたこともあった。

台所も風呂場もトイレも私が雑巾で磨いた。

ある日、ご飯を食べようと炊飯器を開けたら、いつ炊いたのか解らない白くカビのように膨らんだご飯らしきものは入っていて、びびったことがある。


お金がないから、朝は冷ご飯に永谷園のお茶漬けを食べる。

夜は、スーパーで買いだめしたインスタントラーメンを食べる。

こんな生活をしているとどうなるか。

確実に「痩せる」。

体力も落ちる。


この当時は知り合いに会うと必ず「どっか具合が悪いの?」と聞かれた。


電話代は滞納で止められていた。

電気代とガス代も三ヶ月支払いが滞ると「止めるぞ」と連絡が入る。

水道代だけは督促がなかった。

住んでいたマンションの家賃は十ヶ月滞納しており、大家さんも保証人をしてくれた私の父親に連絡をした。


そうしてすべての状況が発覚した。

この間、一年と9ヶ月。

その後、元妻は失踪し、その後一度も会っていない。


元妻は自分の実家には「サラ金の借金」の原因は、「私が贅沢だから」だと説明していたことを知ったのは、これから一年経ったときだった。




「お金」にだらしない人間は、間違いなく「嘘つき」である。


「嘘つき」だから、お金が身につかないという見方もある。


今の職場に居ると本当にこのことが真理であることが実感できる。


続く



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付和雷同 パート2 その2

2009.07.20
周りの私に対する様々な感情を中和させるためにとった行動は「付和雷同」である。

パチンコに行き始めたのもこのときからである。

この時期、私の周りにいた人たちは、仕事を適当にやり、職場の連中とつるみ、そこに居ない社長や上司の愚痴をこぼし、パチンコをやっていた。

私の知らない世界はそれなりに新鮮だったが、最初は違和感を感じた環境になれると毎日遊び歩くのが当たり前になる。

毎日がこんな調子なので、夜の食事は不規則かつ栄養が偏ったものばかり。

さらに睡眠時間が少ないので、仕事にも影響してくる。

中学時代は、「やれ進学だ」「卒業だ」と将来のことを考えるきっかけや期限が設けられているので、救われたが、社会人になってこんな「負のスパイラル」にはまり込むと大変である。

本人が抜け出そうと思わない限り、一生そんな環境の中で生きることになる。


人間は環境に左右される。

しかし、環境を選ぶのは自分自身である。

自分の置かれている境遇の悪さを嘆く前に、そんな選択をした自分の思考が正しかったのかを検証する必要がある。

なぜなら、思考が感情を生み、感情が行動を促す。行動は「習慣」によるものだからである。


境遇の悪さを「自分の責任」と考えずに環境だけを変えたところで「習慣」は変わらない。

「自分に悪い習慣」が身についていれば、「悪い環境」が作られるのだ。


自らを律して「悪い習慣」を断ち切ろうとするとき、今度が環境が壊れる。


あなたは両手一杯に必要な荷物を抱えて歩いている。

そのあなたの目の前に捜し求めていたものが目の前に現れた。

しかし、それを手に入れるためには、今もっている荷物を捨てなければならない。


そんな選択をしたことがあるだろうか?

私はある。


続く




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付和雷同 パート2

2009.07.19
私は運送会社に勤めたことがある。

29歳でこの会社に勤務し、いきなり「次長」職に抜擢された。

社長が私に賭ける期待の大きさが解る。

給料もこのときが一番高かった。今の給料はこのときの給料より少ない。

そんな恵まれた環境に置かれると自分に対して自信が持てなくなる。

29歳の若造が「次長」でございますと銀行との交渉をする。求人の面接をする。公共工事の説明会に出席する。取引先との交渉をする。

あの時、私に一番必要だったのは「堂々とした態度」だったと思う。

社外の人たちとは、上手くできても社内の人間関係は酷かった。

29歳の「次長」が55歳の「課長」を使うのである。

社長、専務、私と机が並んでいるのである。

「部長」と呼ばれる人は居たが実質は私のほうが偉かったと思う。

「嫉妬」「妬み」「やっかみ」すべての言葉の本当の意味をこのとき知った。

気が付いたときには、周りに味方は居なかった。

事務所内で解らないことがあると大抵、私のところに聞きに来る。

当然、本を読み、勉強をしているからあてにされるのだが、こんな陰口を言われていた。

「あいつは、聞かれたことを大体答えられるのは、本ばっか読んでいるからだ」

いま考えれば、当たり前だろう。と軽く流す程度の話である。

しかし、周りが私を快く思っていない人間ばかりの環境でこんなことを言われると自分のしていることがものすごく悪いことのように思ってしまうのだ。

給料の額も同じ。

給与計算をしている総務の子が口が軽いので、私を僻んでいる人は私の給料を知っていた。

そしていつもこう言っていた。

「世間じゃ、年齢×1万円ぐらいが相場だろう」

今、こんなことを言われても何が「世間」だ、何が「相場」だと軽く言い返すことができる。

何度も言うが私を快く思っていない人間ばかりの環境でこんなことを言われ続けると、自分が給料をもらうことがものすごく悪いことに思ってしまうのだ。


人間は環境の動物である。

全くその通りだと思う。

「マイナス」の発想ばかりをしている環境は「悪」である。

近づいてはいけない。

「朱に染まれば赤くなる」である。

そして私は、この環境で致命的な失敗をした。

この環境に馴染もうとしたのである。

勉強を放棄し、職場の連中と遊び歩いた。

私は自分の弱さを隠すために、「付和雷同」を選択した。

人生、楽な選択をすればいつかその「ツケ」を払うことになる。

一度中学時代にやったことをまたも繰り返した。


続く

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期待と誤算

2009.07.19
私は大学を卒業をするために努力をしてきた。

努力をして、結果が得られると何か変わるのではないか、という期待が生まれるのは当然である。

努力をしてきたから、頑張ってきたから、周りは私を認めてくれて当たり前である。しかも、私の自尊心を満たしてくれる方法で。

いつも間にか私は「傲慢」になっていたのだろう。

結果はどうだったであろうか。

残念ながら、何もなかった。


どこに向かって何をするのか。

このポイントを押さえないといけないのである。

大学を卒業していたことが唯一役立ったことは、ファイナンシャルプランナーの講師をしてたときである。

私の授業を受ける生徒さんにしてみれば、○○大学経済学部を卒業、というのは私という人間を信頼する理由になったのである。

特に証券会社の支社向けの講座ではそれが顕著であった。


警察組織でよく言われているらしい言葉でこんなのがある。
「警察で出世をしたければ犯人を検挙してはいけない。昇進試験に合格するだけでいい」

この言葉の真偽は残念ながら知らない。

しかし、その意味は、「仕事をせずに、いかに勉強するか」ということである。

もし、日本中の警察官がこんな考えに染まってしまったら、日常業務が滞って、治安維持もあったものではない。

組織は、真面目に現場の仕事をする人がいてこそ成り立っているのである。



社長は昔からよく言っていた。

「資格より、実力」

私はこの言葉を信じていた。

だから、どんな仕事でも取り組んでやってきた。

だが最近、この言葉は「嘘」だと確信した。

社長がなんでこんな「嘘」を言う必要があったのか。

それは、給料を安く抑えるためである。

私はこの罠に見事にはまっていた。

さらに、社長の借金のことを考え、「給料を上げろ」言わなかった。

「罠」にはまっていたとはいえ、この職場での待遇の悪さは、私自身が招いたことには違いない。

社長が一枚上手だったということである。



ちなみに、うちの職場で上手く立ち回る方法は簡単である。

まず、「資格」を取ってから入社する。

次に家庭の事情を話する。

やりたくない仕事はやらないと言い切る。

これだけ実践すれば、完全週休二日で高給間違いなしである。

あとの尻拭いは、私のところへやってくる。


私が幸運なのは、この構図に中で全力を尽くしてきたことである。

私のやってきた仕事に嘘はない。

私のやってきた仕事の成果は確実にクライアントに届いている。

ただ、評価されているかどうかはまだ解らない。

これから私は自分のビジネスで勝負する。

これまでの評価をこれから聴くことになるのだ。


私が見ていた先が社長だけなら、これまでやってきたことが「誤算」になっただろう。

しかし、何度も言うが私はクライアントに向けて仕事をしてきた。

私が職場を去ることで「誤算」になるのは、社長であろうし、これまで楽してきた職場の連中だろう。

退職が決まって、私が担当していたクライアントに向けて、その話は一部しかまだしていない。

私がやってきた仕事が「自己満足」で何ら評価に値しないものだったかもしれない。

そうならそうでそれも大きな勉強になる。

だが、私は自分に期待している。

今度の期待は大きいぜ。



続く




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勉強の総量 その3

2009.07.17
大学を卒業することと大学入試を突破すること、どちらに価値があるのだろうか。

私の感覚では、大学は卒業することに価値がある思う。

しかし、往々にして世間では、大学入試に合格すること自体に価値を置いているようなことがある。

それだけ競争が激しいのだから、気持ちは解らないでもない。

実際、大学で学ぶ以上、大学入試の洗礼は受けたほうがいいと思う。

入試の洗礼を受けていない私がなぜこんなこと言うのかというと、

「基礎学力がない者は授業についていけない」からである。

通信課程では、入学者の割りに卒業するものが少ないのは、これが一番の理由であろう。




特に「数学」と「英語」は、大変である。

第二外国語は、ドイツ語を選択したが、ある授業(11コマで1単位)で、教授が英語で授業をしたことがあった。
(もちろん、授業中の会話はすべて英語なので、学生も質問の回答は英語でしなければならない)

この授業は未だに鮮明に記憶している。

また、経済学部の専門科目では、英語の科目が多い。

「TIME」(もちろん英語版)を読んだり、ディガードの論文を読むのである。

私にとっては大きな関門だった。

私にできることは、徹夜で予習し授業に望むことだった。


経営学では、「微積分」が出てくる。

このときもチャート式数学Ⅲを買って、自分のできるところまで遡り(結局、数学ⅠとⅡAの一部)、そこから「微積分」まで演習問題を解きながら自習した。
(スクーリング中はほど徹夜で勉強したことはいうまでもない)

あと、三週間スクーリングに参加している間に買った参考文献が20冊を超えてしまい宅急便で自宅に郵送したこともある。



私は大学入試に必要な勉強をしなかったが、卒業するために入試に必要な勉強時間を費やしたと思う。

私の勉強した内容が世の中に通用すると確信したのは、教員採用試験を突破した時である。

私が受験したときの倍率は、10名採用枠に170名の受験者が居た。

地元、国立教育大学の出身者などとの競争に勝ったことは、私がやってきた勉強に間違いがないことを教えてくれた。

卒業に必要な単位数は、124単位だが、私は146単位を取得し卒業した。

働きながら、自分で稼いだお金で大学の卒業証書を手に入れた。

私が大学で一番学んだのは、何か結果を出そうとするとき、一定以上の努力は絶対に必要であるということ。

大学入試を避けても、卒業するために必要な勉強の総量は変わらない。
いや、きちんと順番に勉強をしたほうが圧倒的に効率よく理解できると思う。



続く






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勉強の総量 その2

2009.07.17
私が卒業した大学は、名の通っている。

なので通信課程と知ると「所詮、通信教育か」と馬鹿にする人がいる。

同じ大学の一部生が馬鹿にするなら解るが、学歴コンプレックスの強い奴に馬鹿にされるいわれはない。

しかし、無用な波風を立てたくないので、私から大学の話をしないことにしている。

大学には、様々な形で入学してきた学生がいる。

本科生にも、一部、二部(夜間)、通信と三つの課程があり、授業の内容はすべて同じである。

違いは、一部や二部は時間割が決まっており、その時間に大学に行く必要があるところである。

通信課程の入学案内にはこう書いてあった。
「あなたの部屋がキャンパスです」
「あなたのペースで勉強を進められます」

とても魅力的な言葉である。

だが、きちんとその言葉の意味は、「学生であることを自覚し、きちんと勉強してね」ということである。

通信課程の勉強の進め方は、次のとおりである。

単位を取る方法は二つある。

まず、レポート提出と単位修得試験

?教科書を読む。また課題に必要な参考書を読む

?担当教授から出された課題に対し、レポートを提出し、添削を受ける。
(一単位につき、一通。400字詰め原稿用紙4~6枚)

?四単位の科目は、4設題(二単位の科目は2設題)のレポートに合格してから、単位修得試験に申し込みをする。

?単位修得試験を受けて合格すると単位認定

次に「スクーリング」

夏と冬、それぞれ三週間、大学に通うのである。

一週間のうち、日曜日を除く六日間で半年分の授業(11コマ)を受けて、試験を受けるのである。

このスクーリングも上記以外に「通年スクーリング」があり、昼間や夜間に一部生、二部生と一緒に授業をうけて、単位を取る方法もある。

私は、働きながら大学生をしていたので、スクーリングは夏と冬に参加するしかなかった。


ところで、大学に通信課程に入学するのは「入試の洗礼」と比べれば簡単である。

簡単に入学した学生がどれぐらいの割合で卒業しているか、ご存知か?

私の聞いた話では平均で「100名入学し、卒業は8名程度」。

なぜ、平均という言い方をするかというと、「学士入学」が含まれているからである。

具体的に言うと例えば高校の先生が、教員免許の種類を増やすために三年次から入学するようなケースが多い。

実際にスクーリングを通じて、参加するごとに知り合いは増えたが、二度と会わなかった人が圧倒的に多い。

かつては「受験戦争」などと言われていたが、「入学試験」がなぜ必要なのか。

私はその答えを知っている。


続く








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勉強の総量

2009.07.16
あなたが大学を卒業しているなら、その学費は誰が払いましたか?

私は、全額自分で出した。

こんなこと普段の生活で話題になることはない。

ましてや周りの人たちに触れ回るようなことではない。




高校を卒業し、大企業(自動車メーカー)に就職した。

高校時代からの仲良しの友達とは、週末になると夜通しで遊びに行っていた。

そんなある日のとのことである。

「このまま会社に真面目に勤めると将来自分はどうなるのだろうか」

こんなことを冷静に考える私がいた。


周りの友達は、車を買って、夜は飲み行く。週末は女の子を誘ってドライブに行く。

そんな生活をしていた。

普段の生活に何の疑問も持たなければ、何の支障もなく生きていけることだろう。

そのためには、今の生活と今の自分のイメージが一致していなければならない。

明らかに、自分の稼ぎで遊ぶのは、自分の姿ではないと確信していた。

不一致があると「不満」になる。


「大学へ行こう。以前、兄貴が言っていた自分が知らない世界を見てみよう。」
と決めてしまった。

こんなことを話すと案の定、両親はこう言った。

「大学に行きたいのだったら、昔からちゃんと勉強していないと」
「勉強をしなかった、あんたが悪い」
などなど。
あきらめさせようと色々と言われた。

赤本を買ってきて、大学受験の必須科目や問題のレベルを調べた。

地元文系の私大ならなんかなりそうな気がしたが、こちらが本気で準備を始めると、親も本気で怒り出す。

確かに、両親にしてみればようやく社会人になった三男坊が、学生なって、またすねをかじりだしたらたまらない、という気持ちは良く解る。

だが、こちらも自分の人生を簡単にあきらめるわけにはいかない。

高校時代の恩師に相談したり自分なりに調べたりしていたら、大学には「通信課程」があることがわかった。

働きながら勉強するなら、両親も反対しないだろうと思ったら、案の定、今度は頑張れと激励された。

名古屋の本屋に通信課程の入学案内と願書を買いに行き、いくつか買ってきた。
どこの大学にしようかと迷ったが、どうせならと思い某有名大学に決めた。

入試はまず書類選考。

願書と併せて高校時代の成績証明書を送る。

場合によっては、聴講生として所定の教養科目の単位を取らないと本科生になれないと書いていったが、無事に合格通知が届き、大学生となった。

学費を払い、学生証と教科書が自宅に届いた。

念願の大学生にはなったが、何をすればいいのかわからなかった。

とりあえず定期入れに学生証を入れて持ち歩くことから始めた。

それ以上、考えが浮かばなかった。

机の上に積んだ教科書にほこりが積もっていった。

続く

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リ・スタート

2009.07.15
私のこれまでの人生で一番ラッキーだったのは、進学した高校が良かったことである。

商業高校だったので、高校から習う教科が多く、中学時代の勉強の遅れがハンディにならなかったのである。

また、資格取得率などで職業高校では「日本一」を誇っていたこともあり、教育熱心な先生ばかり。
(私もおかげで愛知県知事から表彰されている)

25年前にも関わらず、ワープロやパソコンを授業で使用。

「ボールペン習字」「ビジネス文書の書き方」と「ブラインドタッチ」を叩き込まれた。
(本当に感謝しております)

日本全国の先生方が研修に来られていたのが、「総合実践」の授業である。

三年生の一年間かけて二人一組で「会社経営」をするという授業(コマは週一で三時間ぶっと通し)。

三学期に決算をするのだが、赤字だと期末試験の成績に関わりなく通知表の評価が下がるという非常に厳しい内容であったが、いい思い出になっている。
(ちなみに私の会社は、大幅な黒字決算)

中学時代が暗黒時代だとすれば、高校時代はバラ色の時代である。

他にも生徒会長をやったり、友達と映画を撮り文化祭で上映したり、体育祭の100m競争で一位になったりクラス対抗リレーで活躍したりと青春を思う存分に謳歌したといえる。


そして、高校三年生になると就職活動の時期にまた新たな人生の岐路に立つことになる。

ある日、大学生の四歳年上の兄貴が言った。
「世の中には、色々な世界がある。お前はもっと勉強したほうが良い」

兄貴が何を思ってこんなことを言ったのか、理由は解らないが、大学で使っていた教科書を何冊かくれた。


「よし、大学で勉強しよう」

兄貴も言葉を真に受け、熱く燃える私がいた。


続く

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付和雷同

2009.07.14
これまでは社長のことばかりを話してきたので、私の話をしてみたい。

背景から浮かび上がった輪郭の中身をいよいよ描いていこうということである。


タイトルに使った「付和雷同」という言葉。
(意味=一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。)

これは常に自分が陥らないように意識していることである。


なぜか?

過去に二度、失敗しているからである。
失敗というのは言いすぎかもしれない。今、思い返せば良い勉強であったことには間違いない。

最初は中学校時代。

二度目は、別の会社勤め時代。

いずれも周囲の人間に振り回される結果になった。

中学校時代は、まだ自力で立ち向かい状況を打開できたし、三年間という時間の制約(卒業)があったので、良かった。

しばらくは暗黒時代として思い出すのも嫌な時期もあったけれど、改めて思い出してみると自分自身の教訓が見て取れる。

私の中学時代は「校内暴力」という言い方が新聞紙上をにぎわした時代の真ん中にいた。


やんちゃな連中が幅を利かせ、先生は殴られ、授業は出来ない。

校舎が放火され燃えたし、教室で女の子がレイプされたこともあった。


そんな中で毎日何も考えずに好き勝手しているとどうなるか。

「馬鹿」になるのである。

そのことに気がついたのは、高校受験を意識する時期になってからである。

仲が良かった友達は、授業がなくてもきちんと勉強していたにも関わらず。
(その後、この友達は地元の進学校に進み、東京のK大へ入学しました)


もし、過去に戻り、中学時代の自分に忠告するとしたら、「しっかり勉強しろ」と言いたい。

自分が何かしたいと思ったところで、まず、やり遂げるだけの基礎がなければ何もできないのである。

いくら「プロ野球選手」になりたいと思っても、まず野球の練習をして、試合に出なければ可能性すら生まれない。


「付和雷同」「日和見主義」

何の考えもなく、何か行動を起こすのでもなく、ただ、居心地のいい環境に身をゆだねていると取り返しのつかないことになると本能的に感じたのが中学三年生のときだった。

しかし、これは今だからこそ言えることである。

当時の私のそんな自覚があったなら、同じ過ちは繰り返さなかったからである。

続く



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戦略の大切さ

2009.07.13
社長の下で仕事をしてきて一番勉強になったこと。

それは、「戦略」の大切さである。

これまでの話を読んでお気づいているかと思うが、社長には「戦略」がない。

常に行き当たりばったり。

そのことが顕著なのが、採用の基準である。

現場にどんな人が必要か、という点を具体的にすることなく、応募してきた人が保有している資格や経歴を見て、そのうちどこかで使えそうだと思うと採用する。

経費削減のために二名退職させたのに、四名採用した件は以前に話したとおり。



ちょうど二年前のことである。

社長の経営理念や創業の精神、経営目標など一切合財が全く語られることなかったので、経営理念などを教えて欲しいと記入するフォーマットを提出したことがある。

とにかく社長の都合で私を含めてスタッフ全員が振り回されるため、取締役として一貫性を持った管理をすべきと思ったからである。

その回答は、しばらく後の役員会であった。

社長は、社外の取締役の前でこう言った。

「こいつら今頃、経営理念だとか目標がどうだとか言い出した。お前ら馬鹿か」

社外の人には経営理念や目標を語っているかもしれないが、私は20年間聞いたことがない。

大体、大企業でも創業の精神や経営理念は、常に語り、常に目に付くところに張り紙をし、さらに毎年の手帳にも印刷をする。

それぐらいやっても足りないぐらいなのだ。

結局、社長は自分の態度を明確にする勇気がないのだろう。

信念がないことの裏返しとも見える。


そして、すべての責任をスタッフに押し付ける常套手段が「期待」という言葉である。

何かつけて「期待」という言葉を使う。

しかし、気をつけなければならないのが、この社長が言う「期待」の意味は、仕事を丸投げするからきちんとやっておけ、という意味である。

評価など全くしない。

さらにコンプレックスの塊であるがゆえに、仕事の報酬を決めない。

そんなに自分に自信がないなら、仕事なんか辞めてしまえと思うことが度々ある。


「戦略」がないから、やることなすことすべて行き当たりばったり。

コンプレックスで自信が持てないから思い切った報酬が請求できない、すなわち儲からない仕事ばかりになる。


私は20年間、ビジネスをするためには社長の思考、心構えがいかに大切か身を持って学んだ。

私の信念がビジネスとして展開され、結果が返ってくる。

ひいては、私に関わるすべての人たちを幸せをもたらすのも、心構えひとつということである。

私は、そのことをしっかりと自覚し、これからのビジネスの取り組んで行きたい。


続く




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背景を明確に

2009.07.12
社長と自分との出来事を色々と話してきた。

これにはきちんとした明確な目的がある。

客観的に振り返ることで「反面教師」にすること。

もう一つは自分自身を浮かび上がらせることである。

自分の身の回りに起きる事象をどう認識するかは自分自身の思考によるものである。

したがって、今まで語ってきた社長のことは、私をいう人間の目を通して社長という人間をどう認識していたか、という経過であって、社長がこんな人間であると断じている訳ではない。


「思考」が「感情」を生み、「行動」を引き起こす。

なのでどうような「感情」を持ったか、を冷静に見つめなおすことで自分がどんな思考を持った人間かを浮かび上がらせるということである。


これに先立ち、私は自分自身を実験台にしてテストしていた。

どんなテストかというと「絶対に付き合いたくない客」を思いついた先からノートに書き出すというものである。

この作業をやってやっていると日頃の自分の行動が見えてくる。

すなわち、私が嫌だと思うことを明確にすることで、同じ事を他人にしているのではないか、と自分自身に注意が向くのである。

これはすごく効果があるので、引き続き現在も継続している。

今回の試みもこのテストの延長にある。

自画像を描こうとした場合、二つのやり方がある。

一つはモデルとなった自分を見つめて描く方法。

もう一つは、モデルの背景を描きこんで、モデルの輪郭をあぶりだす方法。

私は自分自身を客観的に見つめなおす方法として、背景を描きこんで自分の輪郭をあぶりだすことにしたのだ。


これから私は自分のビジネスで勝負に出る。

ビジネスは、私そのものである。

私というのもをここで一度整理して、理解しておく必要があるのだ。


続く

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チーズはどこへ消えた

2009.07.12
7月10日にアップした「確信 その2」を手違いで削除してしまった。

内容を簡単にまとめておくと、ビジネスの上手くいっている社長と上手くいっていない社長と話をしていると同じ話をしても反応が違う。

ビジネスが上手くいっている社長は、私の話を楽しそうに聞くが、上手くいっていない社長は、「そんなの知っている」「解っている」など言う。

行動も、上手くいっている社長は早い。上手くいっていない社長は何もしない。

そして、一見人当たりが良くても、従業員のことを「無能」「馬鹿」扱いする社長は、100%上手くいっていない。

以上、こんな内容でした。


さて、表題にも使っている「チーズはどこに消えた」。

少し前にベストセラーになったので知っている人も多いと思う。

先日の鳥内さんのセミナーでも、取り上げられていたこともあって、土曜日に本屋で見かけたので買って読んでみたら、今の自分にぴったりの内容だった。

物語は極めてシンプルである。

迷路の中で生活する二匹のねずみと二人の小人が、チーズを探している。
ある日、あつ場所にこれから生活するのに十分な量のチーズを探しあて、小人はそのチーズの近くに住み、安定した生活を手に入れた。

ある日、チーズが消えていた。

ねずみは、新たなチーズを探しに出かけていったが、小人はチーズがなくなった理由を考えてばかりで新たなチーズを探しに出ようとしない。

チーズがなくなった理由が解らないので、またチーズが戻ってくるかもしれない。探しにいって何もなかったら、どうすればいい。
小人の一人は、新たなチーズを探しに行かない理由ばかりを言う。

ある日、意を決したもう1人の小人がチーズを探しに出かけた。

そして、新たなチーズを見つける。

というストーリーである。


以前にこの本を読んだときには、心に響くものがなかったが、今読み返すと。意を決してチーズを探しに出かけた小人が、自分の姿と重なる。


私にしてみれば、せっかく手に入れたチーズは、取締役の地位だったり、それなりの待遇、気心が知れた職場の仲間というところだろう。

しかし、世間に向けて「取締役です」と言わせてもらえない地位。
(私の名刺には、取締役という肩書きはない)

待遇は、新入社員とほぼ同じ。
(勤続20年の取締役と試験勉強をしてきた新入社員がほぼ同じ待遇というのは、いかがなものか。社長曰く、頑張って試験勉強をして資格を取ったのだから、ある程度報いてやりたい、ということだが、あんたの下で仕事をしてきた者にまず報いるのが社長の仕事だと思う)

気心が知れた仲間。
(仲間は自分がどの環境で生きるかによって変わる。執着するものではない)


今回の判断は、私が手に入れたチーズは取るに足らないものだから、とっとと捨てて、新しいチーズを探しに冒険に出ることなのだ。


リスクは当然ある。

しかし、古いチーズに執着することのリスクのほうが明らかに高い。

今、冒険に出ることと何年か先に、今より年をとり気力も体力も衰えたときに放り出されるのとでは、状況が全く違う。


今回の冒険は、リスクは高い。

しかし、そんなことを力説しても何の解決にもならない。

自分が今やることは、そのリスクを低くする、すなわちビジネスが上手くいくための準備をすることである。

過去を振り返るのも、そのために必要なのだ。

続く



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確信

2009.07.09
セミナーズの鳥内さんのセミナーに参加してきた。

今回は今月23日に出版を控えている鳥内さんの出版記念セミナーである。

タイトルは「逆説のマーケティング」。

巷に溢れているビジネスの常識と言われていることは、成功している人たちにしてみれば非常識。

という内容である。

詳しい内容については、もうすぐ発売される鳥内さんの書籍に譲るとして、今日のタイトルである「確信」したことを話していきたい。

鳥内さんがこんな話をされていた。

「ビジネスが上手くいっている人と上手くいっていない人は波長が違う。人は波長の合う人とつるむ習性があるので、ビジネスが上手くいっている人は上手くいっている人同士で、上手くいっていない人は上手くいっていない人同士でつるんでいる」

私も同感である。

仕事柄、様々な業種の会社へ伺うが、一昨日お邪魔した会社は、業績好調で今年も新卒社員を採用し、当初予算を超える実績を上げている。

昨日お邪魔した会社は、一昨日お邪魔した会社と同じ業界ながら、仕事が激減し、青色吐息の経営状況である。

ちなみにうちの社長は、この青色吐息の会社の社長と仲がよく、私と同じく当社の取締役になってもらっている。

かたや、一昨日お邪魔した会社の社長について、うちの社長は疎ましく思っており、自ら社長と会おうともしない。

あなたが社長だとして、社外取締役に相応しいのは、どちらの人だろうか?

① 毎日飲み歩いて会社は赤字。趣味、競馬。
② 創業以来22年間で、赤字はバブル経済崩壊時に取引先倒産による貸し倒れが発生したときのみ、という会社の社長。趣味、茶道、陶芸。

(私は、②の社長と親しくさせていただいている。とても光栄なことだ。)

私の会社には、②の社長にぜひ取締役になってもらいたいと思うがどうだろうか。


あなたが親しくしている友人7人を見れば、あなたの将来が予想できる。

こんな言葉があるぐらい、普段誰と付き合うかということは重要である。

うちの社長が好んで付き合う人にビジネスが上手くいっている人は居ない。

つまり、社長は上手くいっていない人の波長に合う人物であるということだ。

私は取締役として、会社の収益向上に向けて、社内研修会をやったり、実際に契約を取り、売上実績を上げてきた。

社長と波長が合わなくなるのは、必然である。

また、これは私は仕事の中で試してきたことだが、ビジネスの上手くいっている会社と上手くいっていない会社には決定的な違いがある。

続く




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思い出とそのまとめ その1

2009.07.08
最近、新聞や雑誌で「常識知らず」の社会人のことが取り上げられることが多い。

新人研修を始め、社員教育制度が整っている企業であれば、なんだかんだと言ってもほほえましい話で終わるが、零細企業ではそうはいかない。

ましてや教育制度も人を育てるという文化もない、「借金」の返済に追われている職場である。

幸いにして、この米国公認会計士との接点は、社長命令で一度だけクライアント先に連れて行っただけである。

それでも忘れることができないような常軌を逸した行動に驚いた。

だが、そのことについて、今更あれこれ話すつもりはない。



これまで社長のことについて、色々と話をしてきたが、その目的について話したいと思う。

一番の目的は、「自分自身が社長と同じ轍を踏みたくない」からである。


私はこの社長の下で曲がりなりにも20年間は働いてきた。

これまで話してきたとおり、はらわたの煮えくり返るような仕打ちを受けてきたことも事実。

ここ一年ぐらい私が捜してきた答えは、なぜこんなに腹が立つのか。ということである。

この20年間、色々な人が社長と喧嘩し辞めていった。

だから、未だに社長には「右腕」と呼べる人間がいない。

30年間、会社を経営してきて未だに「右腕」「番頭」などと呼ばれる人がただの一人もいないことをここに強調しておきたい。

「右腕」「番頭」と呼ばれる社長と一蓮托生を誓った人がいる会社であれば、私の話など単なる「負け犬の遠吠え」だろう。


私も同じように怒りに任せて辞めることはいくらでも出来た。

しかし、「怒りに任せて辞めてはいけない」という心の声が私を引きとめた。

いつでも辞めてもいいような準備を進め、社長への怒りが消えたときが辞めるときだと決め、そのときが来るのを待っていたのである。

今回、こうして過去の腹立たしい思い出を見直すことで、たどり着いた答えが正しいのだ確信した。



不満というものは、期待とのギャップが大きいほど、大きくなる。

私も含め、社長に腹立たしい思いを持つ人は、社長に対する期待値が高いのである。

社長は、30歳で起業している。

私が、社長本人から聞いた経歴からすると、大学卒業後(大学紛争でほとんど授業に出ていないとのこと)、一年間商社に勤めている時に公認会計士試験に合格。

監査法人に勤務しながら、二年間の補習所を経て会計士になっている。

まともに働いている期間は5年ほど。

管理職の経験も当然ない。

「ここで学ぶべきものがなくなった」と言って監査法人を辞めて独立したと昔、得意げに話をしていた。

この経歴を見れば、大学の勉強そっちのけで試験勉強をしてきた自己中心的な人間であることが良く解る。


そう、私は不満を持ってはいけないのである。

私は社長に何を期待していた。

そんな質問を自分にぶつけてみた。その瞬間に社長への腹立たしさが消えた。




心理学的に特定の人物に強い不満や怒りを持っていると、受けた仕打ちと同じことを身近な人にぶつけることになるらしい。

幼児虐待を受けた子供が親に対する怒りを持ったまま成長すると、子供を持ったときに自分が受けた仕打ちと同じことを自分の子供にするのだ。



怒りや憎しみは人生を破壊する。

不満は人生をつまらないものにする。

私の人生を、そんなつまらない些細なことに使いたくない。

私の時間は、そんなことに使う余裕はない。



私は社長になる前に、この点をクリアにしておきたかったのだ。


そんなことを踏まえながら、私がプランナーズを主宰するにあたり、社長から何を学んだのかという点にポイントを移し、話を続けよう。



続く

米国公認会計士の話を止めた本当の理由は、その内容がすごすぎて信用してもらえないと思ったからである。
きっと、普通に聞いたら「ネタ」と思うような現実があったのだ。



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思い出 その9

2009.07.08
これまでの流れを整理すると社長の考えが理解できる。

1.既存のスタッフでは、借金が返せない。
2.それはなぜか。スタッフが馬鹿だからである。
3.馬鹿を追い出し、もっと安い賃金で優秀な人物を雇用する。

私は平成17年12月の株主総会で取締役に選任された。

社員から役員になるということは雇用契約が消滅すること。役員は、株主から委任されているに過ぎない。すなわち、株主は社長なので、私の立場は社長の気分次第ということ。

これは栄転でななく、いつでも「クビ」にできようにするための準備だ。

最初、取締役への打診を受けたときに、このことを私は理解していた。

ただ、私は社長を見返すことに照準をあわせていた。

誰が見ても納得する実績を出したときに、どんな評価が待っているのか。

この評価を見極め進退を考えれば良いのだ。



社長の思惑どおり、平成18年はスタッフが大きく入れ替わった。

Bさんが退職し、ABさんの退職も決まった。

そして3月、知らないうちに、社長の独断で「米国公認会計士」がスタッフに加わった。

日本に留学し、大学院を卒業した中国人もスタッフに加わった。

さらに税理士や会計士補も加わり、ずいぶんと国際色が豊かになりスタッフも増えた。


自社ビルの借金が返えすために、私を含めスタッフの賞与を減額した、人事考課もまともにしていない職場にBさん、ABさんよりも高給取りが一気に四名増えた。


確か社長、「こいつら(Aさん、Bさん、ABさんの三人)の給料がネックだ」とか何とか言ってましたようね。

こんなことしたら赤字がさらに増える、というのが普通の考えだと思う。

しかし、これが社長のやり方である。

むやみに人を雇用する。それからその人にやらせる仕事を探す。

とにかく「金」が最優先なので、「ダボハゼ」のように何でも食いつく。

結果として、安い報酬(場合によっては無料で)で無理難題を言う、たちの悪い客に振り回される。

必然的に職場は対応に忙殺される。

何とか耐え凌いでいるうちは良いが、

何かトラブルや都合の悪いことが起こると担当スタッフにこう言うのだ。

「採算が悪い」(スタッフに報酬金額を決める権限はない)

「お前の対応が悪い」(陰で悪口を言うような嫌いな客に迎合するな)



社長は現場を見ようとしないという話はすでにした。

さらに「理系」に対するコンプレックスについても語ってきた。

「学歴」についても同じである。


社長の肝いりで新しく加わったスタッフの話に戻ろう。

このときは私も知らなかったが、「米国公認会計士」の試験には「簿記」は必要ないらしい。

ちなみにうちの職場では「簿記」の知識は必要だが、「アメリカ」の監査制度の知識が必要な仕事はない。

とにかく社長命令である。

「米国公認会計士」をクライアント先に連れて行けということになった。


あなたは、「簿記」を知らない人に経理のアドバイスを頼むだろうか。

あなたが仕事を依頼した先が、何も知らない人間を担当としてよこしたら、どうする?


続く







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思い出 その8

2009.07.07
前回、伝説の米国公認会計士と書いた。

これを訂正したい。まだ、伝説にはなっていない。いまだ現役ばりばりだからだ。


少し余談になる。

「公認会計士」

あなたはどんなイメージがあるだろうか。

世間的には、職業の存在は知っているが、何をやる人なのか良く解らないというところだろうか。

昨年、NHKで「監査法人」というドラマが放映されたので、少しは認知されたことだろう。

以前は、弁護士と並んで最難関の国家資格と言われていた。

並大抵の勉強量で合格できるような試験ではない。

合格する人は、やはりそれ相当に頭の良い人であることは間違いない。
(但し、これは日本の公認会計士試験についてのみ)

では、特定の試験で合格点を取ることができる頭の良い人であることが「人格が優れている」ということにつながるかという点ではどうだろうか。

私がこれまで接してきた公認会計士に関して言えば、決して「そうではない」と思う。

かつて職場にいた会計士は、セクハラとストーカー行為を女性スタッフに働き、大騒動になった。

そんな会計士に付きまとわれた女性スタッフも気の毒だが、この会計士がしつこく電話をかけ迫ったときの言い草がすごい。

「○○(女性スタッフの彼氏)なんかより俺のほうが相応しい。俺の何がいかんのだ」

こんな電話が早朝や深夜にかけていた。


社長にも同じ臭いを感じている(元部下だから「類は友を呼ぶ」だったのか?)

それは「俺がやれば、もっと上手くやれる」ということをよく言うからである。

実際に成果を上げている人に対する敬意というものがないようである。

確かこんな諺があった。

『愚者は自分ならもっとできるといい、賢者は誰でもできるようにする』

要するに、愚か者は他人がやっている様を見て、俺ならもっと上手くできると思っている。思うだけで実際にはやらない。なぜか?出来ないことがばれるから。

賢者は、誰にでもできるように工夫をして成果を出す、ということである。


社長にこんな話をすると「誰にでもできるようにしていやったのに、それでもできない奴が悪い」と言うだろう。

これまで話してきた、

自社ビル取得の話。

ソフト開発の話。

そしてスタッフへの暴言の数々。

「この俺様がこんなに頑張って給料払ってやっているのに」と思っているからこそ、このようなことになるのだろう。


そうそうこんな話も社長本人から聴いた。

社長も会うのが嫌なクライアントが居るそうである。

それで相手のことを「嫌だなぁ」と思っていると表情や言葉使いに出るので、少し独りの時間を取り、

「(相手のことを)尊敬するんだ」「尊敬するんだ」と自分自身に言い聞かせて打合せに臨むとのこと。

この話を聞いたとき、思わず、エヴァンゲリオンで碇シンジが「逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ駄目だ」と自分自身に言い聞かせて使徒と戦うシーンを思い出した。

社長は、金のためにこんな思いをしてまで仕事をしているということを言いたかったのだろうが、

借金のためにそんなことをしなければならない経営環境についてどう考えているのだろう。

また、社長自らが嫌っているお客のもとに出向き、仕事をしなけれならないスタッフの気持ちを社長は思いやったことがあるのだろうか。

そんなことを考えたこともないから「借金はお前たちのせいだ」ということになるのだろう。

続く




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思い出 その7

2009.07.06
かれこれ私は、社長のもとで働くこと20年。

私から見て、普段から様々なストレスに晒されていることは想像に難くない。

それだけに何かの拍子にその感情が暴発する。

ストレスとの付き合い方が現代人の課題であることは私がいちいち説明するまでもない。

だからと言って、スタッフにその矛先を向けるのはいかがなものか。

また、その被害にあったスタッフは、逃げるように職場から去っていくような環境がまともだろうか。


あなたは、先輩に教わったやり方を確実やってきた仕事をある日突然頭ごなしに否定されたらどうしますか。

前回、Aさん、Bさん、ABさん。三人のスタッフがいることをお話した。

お話したとおり、Bさんは結婚すると「嘘をついて」急いで職場からいなくなった。



今回は、ABさんの話である。

ABさんも真面目で、どちらというと真面目すぎるぐらいだった。ただ、丁寧すぎるところが欠点といえば欠点だったかもしれない。

そのABさんがある日、社長に呼ばれ担当しているある会社の処理の仕方について、ボロカスに言われた。

しかし、ABさんがやっていたやり方は、前任者(社長が信頼し取締役にしていた人。自社ビル取得に反対し平成12年12月に退職)が「この会社の社長は、細かいところまでうるさいから、社長の指示通りきちんとやること」と念を押して、何が何でも勝手にやり方を変えるなと言われていたのだ。

ABさんは、もっと効率的なやり方があると解っていたが、この申し送りあったため、前任者のやり方を変えなかっただけだったのである。

しかし、社長は違った。

ABさんの言い分を一切無視して、こう言った。

「こんな効率の悪いやり方をしているから駄目なんだ。俺だったら、こうしてもっと効率的にやる。こんことにも気づかないやつは馬鹿だ」

ABさんは、何も言わずに淡々と有給休暇を消化し、平成18年8月に退職した。

社長の計算どおりである。

このとき、とにかくスタッフを退職追い込むように仕向け、安い賃金で新しいスタッフを雇用していた。すなわちスタッフの入れ替えを画策していたのである。

ちなみに平成15年3月以降、スタッフの給料は採用時の条件どおり払われていない。

それでも社長は、Aさん、Bさん、ABさんの給料は高いと思っていたのである。


Aさんに対しても、「机の周りが非常に汚いし、書類の整理もなっていない」という理由で退職に追い込むようなことを企んでいたが、PCに詳しいので(社長は理系コンプレックス)口汚く罵ることはなかった。


社長の思惑どおり、スタッフの入れ替えが進んだ。

Bさんの代わりに1月から採用されたスタッフはまともでよかった。

「まとも」

なぜ、こんな書き方をするのか。

この後、伝説の「米国公認会計士」が登場するからである。


続く


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思い出 その6

2009.07.05
今回の一件は、登場する人物や関係する組織が多いので、仮名・仮称をつけておきたい。

会議と総会ばかりしている組織=組織A

新たなクライアント先=M社

関係するスタッフ

前回から登場している面従腹背くん=Oさん

関係する女性スタッフ Aさん、Bさん、ABさん

前回の話を仮名・仮称を使って、あらすじをまとめてみよう。

M社がクライアントになった際に、社長は組織Aの専門家を引き連れ、M社へ行った。

そこでいろいろと大きな話をしたそうである。

その後の仕事の担当は、Oさんに決まり、私は同じ時期にクライアントになった会社の作業に追われていた。

さて、話を続けよう。

私が土日、祝日を潰して仕事をしていたことは、とりあえず脇においておきたい。

少なくともその間、OさんはM社の仕事を一切何もやっていなかったことを伝えておく。

夏になり、社長は作業をBさんにやらせるようになった。

社長が引き連れていったA組織の専門家さんはM社から「間に合わない」とのことで皆さんお断りを受けていたのである。

Bさんは、業界の経験も長く、素直な性格で仕事もお客様への対応もきちんとしたスタッフだった。

そのBさんが夏の終わりごろから社長に怒鳴られるようになった。

そしてある日私が呼ばれた。

社長はBさんに向かって言った。

「○○くん(私のこと)をつけるからきちんとやれ」

(なんだって)「いやいやM社の担当は、Oさんですよ」

(社長は無視)

なぜ無視したのか不可解である。結局、未だに無視しているが。

職場の緊急事態だったので、細かいことはさておき社長命令に従い、社長が何をしたいのかという点とどんな資料が手元にあるのかを見直した。

社長の言うことが滅茶苦茶であることが理解できた。

M社へ行って、何でもできますというようなこと言ったようだが、大きな理屈でくくってしまえば、出来ることだろう。しかし、データ集計の合計や集計範囲が誤っていれば、理屈をこねても正しいものが出来上がるわけがない。

いつものことながら社長は現場を一切見ていない。


それのBさんに対して、何をしなければならないか明確かつ具体的な作業を指示を一切していなかった。

気の毒にBさんは、具体的な指示がないうえにM社がいい加減に作ったデータを使って、正確な書類を作れと言われていたのだ。

しかも、頭ごなしに怒鳴られて。

そしてBさんは突如「結婚してアメリカ」に行くということで退職した。

これはもちろん「嘘」である。Bさんは今も日本におり、別の会社に勤めている。

しかし、こんな「嘘」をつかせて退職に追い込んだのは誰だろうか。

しかもBさんはご丁寧にM社に対し、後任は私であることを言っていた。

Oさんはさすが空気を読むのが上手いので、こういうことには絶対に関わらない。

乗りかかった船なので、私は社長のいうとおりの仕事をするためにまず現場で作られているデータの集計表から検証を始めた。

前回の冒頭の言葉は、そうした検証作業をしているとき、しかも父親がICUに入院しているときに言われた言葉である。

このような暴言は、私以外のスタッフにも広がっていた。

Bさんは退職し、そしてABさんへと続くのである。

続く。

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思い出 その5

2009.07.05
「とっとと仕事をやれ。馬鹿やろう」

こういわれたのは忘れもしない平成18年2月24日金曜日の午後1時30分ごろである。

私が仕事をサボって遊んでいたのではない。

この日の二日前、2月22日の夕方、父親が自宅玄関先で転倒。頭を強打し、「外傷性くも膜下出血」で市民病院のICUに入院していた。

私はできれば病院で父親のそばに居たかったのだが、この日はクライアントとも約束があり、出社していたのだ。

そのクライアント先に出かける間際に、社長に呼び止められ言われたのが冒頭の言葉である。

この言葉はあるクライアント先の仕事についててある。

これからの話をするために、少し背景を知っておいてもらいたかったので、少し話を前後させていただいた。

このクライアントとの関わりは、社長があの会議と総会ばかりやっている組織(思い出 その3)の仕事として始まっている。

社長が言うところのクライアントが満足するサービスを提供する組織に属する専門家を引き連れ、クライアント先に乗り込んでいった。

平成16年の初春のことである。

同年三月にこのクライアントの担当を決めることになったが、私は、同じ時期に仕事をすることになった別のクライアントの担当となり、ここクライアントは前回に登場した面従腹背くんの担当となった。

全体ミーティングでスタッフ全員の前で社長が決めたことである。


続く


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思い出 少し前

2009.07.05
社長が社運をかけて取り組んだとある「ソフトウェア」開発。

私が職場に復帰する前から、ある大手コンピュータ会社の社長に開発コンセプトを伝え、最新技術を駆使して実現に向けて動いていた。

私が職場に復帰してから同じ技術を使った教育ソフトの開発に駆り出され、使用者の習熟度のパラメータ作りに少し関わった。

その後、私の役割はうやむやになり、さらに先にもお話したとおり、自社ビル取得に反対したスタッフが退職したことに伴い、業務が増加し日常業務に追わる日々が続いた。

晴れて社長が全面的に監修した「ソフトウェア」は完成し、クライアント先のご協力をいただきで試験導入された。

いざ使ってみると、「遅い」

とにかく「遅い」

無茶苦茶「遅い」

具体的にどれくらい遅かったかというとクライアント先の入力データを決算終了後に出力するのに、スタッフ三人がかりで三日かかった、ことがある。

同じ機能を持つ市販のソフトを使用していれば、スタッフ独りが他の仕事をしながら、一時間もあればできる作業にである。

さらに、使用していただいたクライアント先の担当者が入力に毎日深夜までかかったなど、当社のスタッフのみならず、何も知らずに使っていただいたクライアントにまで無駄な労力を強いていたのである。

このソフトの「遅さ」。

ただ「遅い」のではない。

想像を絶する「遅さ」は、すべて社長に報告していた。

しかし、社長は自ら開発したソフトを使用したことも、実際に使ってどれぐらい「遅い」のか体感した形跡がない。

実際に自分で使ってみれば、通常業務がどれだけ効率が悪くなるか理解できたはずである。

開発チームも出来る限りの改良を加えた。

そしてリリースに至る。


結果として、社運をかけた「ソフト開発」は上手くいかなかった。

私も商品の紹介、デモなどできる限りのことをし、担当クライアント先に使用をしていただいた。


このときに周りを見渡して思ったことがある。

結果はどうであれ、社運をかけたプロジェクトであるにも関わらず、「我関せず」を貫く、面従腹背の存在である。

社長の話を聞いているフリが抜群に上手い彼は、要領よくこのソフトの話から逃げていた。


上手くいかなかったのは、結果である。

今だからこそ、言える結果である。

取り組んでいる途中であれば、いい結果が出るように最大限の努力をするのがスタッフとして当たり前だと思う。

面従腹背も良いでしょう。

一番許せないことは、プロジェクトに積極的に取り組んだ者と「我関せず」の者と、何で評価が同じなのか。

これは明らかに社長の怠慢である。

更に、クライアントにこのソフトを使ってもらうと作業能率が大幅に悪くなるという話をした。

市販のソフトを使うより倍以上時間がかかるので、残業時間が増える。
(かといって、残業手当は一銭もないので会社は人件費が増える訳ではない)

誰も好き好んで残業している訳ではない。

なのに、「○○は作業の効率が悪い」などと全員の前で言う。

私は「このソフトは諸悪の根源だ」と言い返したことがある。

そしてあの「ビルの借金が返せないのは、お前たちの所為だ」という発言に繋がる。

続く

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耳毛のカット

2009.07.05
あなたは、「耳の毛」をきれいに剃ったことがあるだろうか。

今日、私は「耳の毛」(耳の穴のところね)をきれいの剃ってもらった。

仕上げにローションを塗ってもらうとスーとして気持ちがいい。



床屋さんをしている高校時代の友達がお店のメニューに載せるために練習をしている。

今日は散髪をしてもらいに行ったついでに友達の練習台になったといこと。

ちなみに、友達のお店のURLは以下のとおり。

ヘアーサロン マキ



今日のヘアスタイルは、生田斗真君をイメージしてカットしてもらいましたが、仕上がりは郷ひろみになってしまいました。

これは、カットに問題があるのではなく、土台(私の顔のこと)が悪かったためである。

これはこれで面白いので、気に入っています。

では。

ヘアーサロン マキ

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